前川 隆央

前川 隆央

ものづくりの申し子

この道に入ったのは高校を卒業後すぐです。当時は別の職人さんの家に丁稚(でっち)と言って住み込みで修業に出るのが当たり前でしたが、私の場合、父の元での修行でした。その頃は18歳で、まだ何をしたいかということもなかったこともあり、父が職人だったせいか、子供の頃から職人になるんだ(跡を継ぐようなこと)と聞かされていたので、特に抵抗はありませんでした。

修行を始めてからは、くる日もくる日も下仕事。唯一任されたのはバッグの手紐作り。何本くらい作りましたかね。いつになったらバッグが作れるのか、教えてもらえるのか。「師匠の技は見て盗め」というスタンスだった先代は、予想とは違い、何も教えてくれませんでした。もうこんな事をしてて一人前になれるのか音を上げそうになったことは何度もありました。ちなみに3年間は友達とも遊びにいけず、給料もありませんでした。

くる日もくる日も下仕事

それから自分の与えられた仕事をしながら、横目で師匠や先輩の仕事を頭に記憶し、使わない材料をもらい、仕事が終わってから毎晩自分でバッグを作ってみたりしました。

作っても作ってもうまくいかなくて、ある時作った翌日に「師匠に作ってみたんだけどどうですか」と見せた時、指摘してくれたんです。もう嬉しくて嬉しくて、今までと違い、仕事が楽しく思えてきて、昼間の仕事より夜が待ち遠しくなり、どんどんいろんなバッグを作りました。そのおかげでバッグの型紙も起こせるようになりました。

師匠の夢であった浅草に専門店

その後、作れるだけでなく直接提供したいと思うようになり、接客業を勉強するために販売の仕事につきました。その時も販売の上手な販売員さんを横目で見て、そこで5年間学びました。

私がいない間、弟(現社長)が先代の下で修行し、前川を守っていてくれて、私が戻る時も気持ちよく受け入れてくれました。後に、販売の仕事をしていた弟も加わり、また優秀なスタッフにも恵まれ、父の夢であった浅草に専門店も出すことができました。現在も兄弟3人で力を合わせ、職人と販売員の二足のわらじを履き頑張っています。

初めていらっしゃったお客様の中には、試しに小物を買ってみて、気に入ってくださった方が今年は財布やバッグと、再び足を運んで購入してくださる方も多くいらっしゃいます。その時に
「すごい使いやすくて良かった」
「想像してたよりも素敵」
と、自分の作った商品を使ってくださった方から直接感想を頂いた時は、とても嬉しく職人冥利に尽きる瞬間です。これからもお客様の喜ぶ顔を想像しながら、新しいデザインを考え、制作していきます。